経済統計Tips−潜む簿価−NDPのバイアス−

May 13, 2005

4月28日、内閣府は輸入品に課す消費税額の計算方法が誤っており、また消費税率が3%から5%に引き上げられた1997年以降も、引き上げ分を反映していなかったとして、広範囲にわたる国民経済計算の修正をおこなうことを発表していました。国民経済計算は加工統計のさらに加工統計ということで、すべての誤りを事前に防ぐためにはそうとうに細心の注意が必要になるのでしょう。しかし誤りにも種類があります。第一はcarelessなミス、これに気付けば速やかに公表して修正するしかありませんが、第二はconceptualなミスがあるでしょう。後者は気付いていても、現行の推計システムの中で対応が難しかったり、あるいはその概念的な意味での不整合性を過小評価しているのかもしれません。ここでは日本の国民経済計算(SNA)に潜む簿価、固定資本減耗の評価について考察したいと思います。

1993SNAでは固定資本減耗(consumption of fixed capital:CFC)の評価額について、次のように定義しています。

"Consumption of fixed capital is a cost of production. It may be defined in general terms as the decline, during the course of the accounting period, in the current value of the stock of fixed assets owned and used by a producer as a result of physical deterioration, normal obsolescence or normal accidental damage. It excludes the value of fixed assets destroyed by acts of war or exceptional events such as major natural disasters, which occur very infrequently. Such losses are recorded in the System in the account for "Other changes in the volume of assets". Consumption of fixed capital is defined in the System in a way that is intended to be theoretically appropriate and relevant for purposes of economic analysis. Its value may deviate considerably from depreciation as recorded in business accounts or as allowed for taxation purposes, especially when there is inflation." (paragraph 6.179)

この1993SNAでの固定資本減耗の定義自体も、CFCの定義として改訂されるべきポイントを含んでいるのですが 1)、ここでまず基礎として重要なことは、それが国民経済計算では時価(current price)で評価されるべきであるということです。簿価(historical value or book value)は企業会計では長らく支配的でした−現在はもちろん時価会計や減損会計の中で変更が迫られています−が、社会会計では経済分析上適さないことにより早くから時価評価をすることがコンセンサスとしてあります。しかし、現行の日本のSNA(フロー編)では、この固定資本減耗を簿価で評価している点が問題となります。(最後の一文を訳しますが)「国民経済計算に計上される固定資本減耗の評価額は)企業会計に記録されたり、税目的のための減価償却額とは−とくにインフレーションのあるときにおいて−大きく乖離するであろう。」ことになります。

固定資本減耗の価格評価は簿価であっても、時価であっても、国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)にはあまり大きな影響をもたらしません。一般政府などは、営業余剰が無く、固定資本減耗を含むコストの積算でアウトプット(粗生産量)が定義されるため、この部門では付加価値が変わり、GDPもまた影響を受けます。 とくに、「社会資本の費用負担」に以前に書きましたが、1993SNAによっては社会資本の固定資本減耗の計上が始まっています。 それ以外の産業では、産業別GDPには変動がなく、固定資本減耗の増加分(減少分)は営業余剰の減少(増加)をもたらすのみです。

では価格評価がどうあれ、影響は軽微ではないか?と思われるかもしれませんが、直接に大きな影響を与えるのは国内純生産(Net Domestic Product:NDP)です。NDPは(GDP−固定資本減耗)で定義されます。たとえば、電気炉で鉄くずを溶融して鉄をつくとすれば、鉄くず自体の発生は現在のGDPにおいて−期中の生産ではないとして−除かれています。このときに使われた資本−過去の生産品−である電気炉は、1年間の時間がたつことや期中の使用によって、その価値が減耗します。その減耗した部分はGDPから除くことで、ネットの付加価値としてNDPが求められることになります。 GNPが死後になった現在では、一般的に経済成長の指標としてGDPが使われますが、経済厚生の指標としてNDPに注目する経済研究が増加しています。さらに環境への問題意識の高まりから、より望ましいネットの成長概念へと進もうとしています。

価格評価によるバイアスがどの程度あるのかは気になるところですが、インフレ基調のときには、簿価評価は固定資本減耗を過小評価(そしてNDPを過大評価)しているはずです。 現在の日本のように逆にデフレ基調にあるときには、(資産の年齢構成を反映することからそうとうに大きなラグを持てでしょうが・・)過去の過小推計がかなり相殺されてきているかもしれません。 慶大産業研究所での著者の測定をひとつの基準としてみれば、1980年においては著者推計では39.6兆円に対し、日本のSNAでは31.9兆円と20%ほど過小推計になっています。2000年では103.6兆円に対し、日本のSNAでは98.0兆円と5%ほどの過小レベルへと乖離が縮まっています。これはデフレの影響で過去の過小推計分を、近年の資産の過大推計が相殺している結果なのでしょう。この大きなトレンドで捉えれば、現行の日本のSNAはNDPの名目成長率を過小に評価しているということができるでしょう。

1) 固定資本減耗についての概念的な整理と1997年の米国BEAで改訂などは、Koji Nomura, "Turn the Tables! Reframing Measurement of Capital in Japanese National Accounts", presented at the ESRI (Economic and Social Research Institution) Conference on Next Steps for the Japanese SNA: "Towards More Accurate Measurement and More Comprehensive Accounts", (内閣府経済社会総合研究所 国際コンファレンス「我が国SNAの次期整備に向けて−より精確な計測方法、より包括的な勘定を目指して−」), Tokyo, March 25, 2005. にあります。

野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)



Tips on Economic Statistics
Top