October 16, 2004
GDP(Gross Domestic Products:国内総生産)という用語を知らない人は少ないでしょうが、それを概念的に、また測定として正確に理解することもまた容易ではありません。ここではその定義でも範囲でもありませんが、日米の呼称の違いについて紹介します。
はじめに三面等価を理解しましょう。それは国民経済計算におけるひとつの中核的な視点を与えています。ちょっと古臭いですが、いま地主と小作農のみがいて1年間に10トンのお米を生産したとします。肥料などはない(中間投入が無い)とすれば、それは純生産量であるといいます。生産されたお米は、小作農に6トンを提供しまして、残り4トンが地主の取り分です。前者は労働所得、後者は土地という資本の所得です。
その年、地主と小作農があわせて7トンのお米を食べ、3トンは来年の収穫のための種として保存しておきます。それそれ消費と投資と言えますし、それをあわせて最終需要(支出)といいます。さて以上から、生産10トン=所得10トン(労働所得6トン+資本所得4トン)=支出10トン(消費7トン+投資3トン)という関係が成り立ちます。繰り返しますが、ここで成立する生産=所得=支出という関係、それを三面等価性といいます。
生産、所得、支出の三面における等価性は、どんなに複雑な市場経済においても、名目値の集計量としては成立する恒等的な関係式です。ではそれの測定を少し考察しましょう。はじめに生産側から定義します。現実に直接観察される生産量は、パソコン10万円といったような金額で観察されます。そこにはCPUやハードディスクなどが内蔵されています。それぞれはその財の生産量として測定されますので、すべてを加算することは二重計算になります。そのためにパソコンに内蔵された財の投入額を除いた生産を純生産、あるいは新規に生み出された価値ということで付加価値(value added)といいます。これに対して、中間投入を含んだ生産を粗生産といいます。経済において生産されたすべての財の純生産量を集計したものが、国内総生産(GDP)です。
現実の最終需要には、消費と投資のほかに、海外と輸出や輸入が加わり、国内総支出(Gross Domestic Expenditure:GDE)を形成します。輸出入は比較的かっちりと捕捉されますし、政府消費、家計消費、国内総固定資本形成、在庫品増加も測定すれば、その集計値としてGDEが測定されます。測定値としてのGDEとGDPは、名目集計値としてズレが生じます。日本ではGDEを基準にして、GDPはしわ寄せされる形で、最終的な三面等価のとれた勘定体系を推計しています。以上が、日本での標準的な用語法です。
さて米国のNIPA(National Income and Product Accounts)では、日本で呼ぶところのGDEをGDPと呼びます。そして日本でいうところのGDPを米国ではGDI(Gross Domestic Income)と呼んでいます。そんなことは知らずに、かつて支出側を強調したかったために、英語の論文でGDEという略語を書いたことがあります。米国人の編者からは、GDEと言う言葉は自分の頭の辞書には無いといわれてしまいました。そのときは意味がわからなかったのですが、呼び名が違うのと気付いたのはその1年後のことでした。
日本は国連のSNA勧告にしたがっているのでしょうか。なぜか違います。SNAの用語解説で調べてみましても、"GDE"という用語は定義されていません。SNAでは、支出側を"GDP-expenditure based"、所得側を"GDP-income based"、生産側を"GDP-output based"と呼んでいます。三面等価性のもとで、確かにこの呼び名の方が理解がすっきりしているように思います。カナダの国民所得では、SNAにしたがって日本のGDP(米国のGDI)を"GDP, income-based"、日本のGDE(米国のGDP)を"GDP, expenditure-based"と呼んでいます。少々違いますが、英国でもそれぞれを"GDP by category of income"および"GDP by category of expenditure"と呼んでいます。
野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)