February 23, 2005
国富調査(National Wealth Survey)、それは一国の国富(非金融資産)を直接的に捕捉しようとする調査です。国富調査は、ほぼ直接観察(direct observation)によって資本ストックを推計しようとする壮大なものです。ここでは拙著『資本の測定−日本経済の資本深化と生産性−』(第2章(2))に基づいて、日本の国富調査の歴史について紹介します。
調査年次 | 発表年次 | 実施機関 | 備考 |
明治38年(1905) | 不明 | 日本銀行 | |
明治43年(1910) | 大正元年 | 日本銀行 | |
大正2年(1913) | 大正10年10月 | 国勢院 | |
大正6年(1917) | 不明 | 日本銀行 | |
大正8年(1919) | 大正10年10月 | 国勢院 | |
大正13年(1924) | 昭和3年2月 | 内閣統計局 | ここまでは既存の統計利用による簡易推計 |
昭和5年(1930) | 昭和8年11月 | 内閣統計局 | 戦前の代表的国富調査(実地調査 昭和7年12月) |
昭和10年(1935) | 昭和23年10月 | 内閣統計局 | 前回と同様の推計方法(実地調査 昭和10年12月) |
昭和30年(1955) | 昭和33年3月 | 経済企画庁 | 戦後国富調査の原型(以降、再生産可能有形資産、対外純資産のみ) |
昭和35年(1960) | 昭和39年12月 | 経済企画庁 | 小規模な調査 |
昭和40年(1965) | 昭和42年8月 | 経済企画庁 | 小規模な調査 |
昭和45年(1970) | 昭和50年2月 | 経済企画庁 | 最大規模の調査 |
(付)太平洋戦争による我国の被害総合報告書 | |||
昭和24年4月 | 経済安定本部 |
上の表は経済企画庁編『復刻 日本の国富調査』(昭和51年5月)より作成した日本の国富調査についての一覧を示しています。 日本の国富調査は日本銀行による1905年の調査からはじまって、1970年まで計12回の調査がおこなわれています。それぞれの特色はありますが、現在からみて重要な国富調査は、現在の日本のSNAにおけるストック勘定でもそのベンチマーク値として利用される「昭和30年調査」、およびもっとも大規模な「昭和45年調査」です。
「昭和45年調査」は、国、地方公共団体、公共物、政府企業、民間法人企業、民間個人企業、民間非営利団体、家計などのすべての経済主体を対象として、これら経済主体が所有する再生産可能な有形固定資産、棚卸資産および対外純資産(再生産不可能な天然資源、土地および無形固定資産は除外)を対象としています。 また(a)資産を全国9ブロック別に分割(戦前は府県別計数があったが、戦後は全国合計のみ)、(b)所有資産の調査の他に使用資産の調査(使用資産を自己所有と貸借に分離)、(c)資産が新品か中古品であるかの調査、(d)新国民経済計算体系の整備の一環としての国民所得統計との整合性保持、などの特徴があります。使用者主義や中古品調査を試みるなど高く評価されるでしょう。
資本ストックの調査方法に関するより一般的な記述は、拙著を参照していただければと思いますが、国富調査は基本的に直接推計法によっています。「昭和45年調査」では国および都道府県の一部、国営企業、資本金10億円以上の法人企業については悉皆調査(しっかいちょうさ=全数調査という意味)です。それ以外の主体はサンプル調査です。また一方では、特に道路、港湾などの公共物については恒久棚卸法による机上推計(間接推計法)となっています。
資本ストック概念としては、「昭和30年調査」では純資本ストックのみ、「昭和45年調査」では粗資本ストックと純資本ストックの両者を推計しています。また「昭和45年調査」の公表の2年後には粗資本ベースではあるものの、行政管理庁から「昭和45年産業連関表−固定資本ストックマトリックス−」(昭和52年9月)が公表されています。 国富調査での公表分類は資産概念に基づきますが、それは本格的な資本財分類によるはじめての−そして最後の−公式統計としてのストックマトリックスです。しかしこの表は現在の日本の経済分析において、ほとんど利用されることはありません。それは粗資本ストック概念であることに加え、資本財分類が産業連関表の商品分類と対応させることがかなり困難であることが大きな障害となっていると思われます。
国富(National Wealth)の捕捉は現在でも重要な課題です。ですが、直接的な資本ストック推計としては、日本では「昭和45年調査」から35年経過した現在までおこなわれていません。それは、このような大規模な調査に対する経済的制約のみではなく、現在の資本の測定における理論的な視点からは、資本ストックが必ずしも直接に観察される対象として捉えられていないことによるものと考えられます。欧米諸国でも国富調査をおこなっている国はごくわずかです。
野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)